法政大学 経営システム工学科

同窓会のしおり

経営工学科同窓会発足経緯

背景

経営工学科が設立され約10年近くを経過していた。工学部内においては,1958年11月電気会(電気同窓会)が発足した。計駅工学科においても森戸太郎先生等のご助力もあり,OB諸先輩の間で同窓会発足の機運が高まっていた。以下敬称略
はっきりした記憶は残っていないが,1958年のある月(6月頃とも言われる),場所は浅草の焼肉や出発足準備会が開催された。森戸先生,田中先生,その他数人(土岐秀雄51年卒,鈴木富雄53年卒,星野重雄54年卒等)の卒業生が出席され,体制や規約等について見当された。

経営工学科同窓会発足 1958年(昭和33年)12月

経営工学科同窓会は,電気工学科同窓会についで発足した。第1回の経営工学科同窓会は1958年12月,有楽町の洋食レストラン(店名不明)で行われた。そのときの出席者は,土岐,星野,鈴木,岡本達次(学部4年),才川壽麿(学部1年)以下数十名と森戸太郎,田中_が教員サイドから出席し,体制,規約承認等が行われた。
その後,土木同窓会(59年10月),機械工学科同窓会(61年10月)工学部同窓会(66年10月),建築学科同窓会(66年10月)が相次いで発足した。

同窓会設立の精神

経営工学科の同窓会は1958年12月発足の産声を上げた。工学部同窓会は1966年10月発足している。以後の論述はその大半を工学部同窓会報を元にしている。
経営工学科同窓会設立の精神は,1966年10月発光された工学部同窓会報上の安達遂先生“工学部同窓会を祝して”の文と1968年8月号の“同窓会,この不思議なるもの”森戸太郎先生の文章からくみ取れる。
上記の“工学部同窓会を祝して”のなかで時の工学部長安達遂先生の文の中に『我が工学部の(前身の工専を含め)の全卒業生を網羅する同窓生の結成は,初代工学部長の加茂先生がつとに要望された』ものであったことが述べられている。類推するにこの延長線上に関西同窓会,電気工学科同窓会の発足OB諸先輩の “希望と努力”なくして,今日の経営工学科同窓会は語れない。
森戸先生は『同窓会,この不思議なるもの』のなかで同窓会の価値を次のように看破されている。『無限の将来性を信じて邁進したあの情熱,その若き日の追憶と回顧,この甘美な夢が無かったら同窓会など干からびてしまうだろう。だから同窓会は理屈では組み立てられない。言わば飛び出した古巣への本能的愛着であり,その感情の結晶である。・・・・・・中略・・・・・・と私たちはここに過去4年の春秋を夢見る。永遠に若き日の姿よ,足音も無く過ぎ去った時の舞ともよ。再び宴の庭に花むしろを敷き,広げ,黄金の美酒を酌み交わさんかな,これこそ同窓会の一時である。若き日の夢に生きることは永遠の命に生きることであろう。』とまた,『君たちに続く卒業生がいることに至福を感ずるべきであろう』『同窓会は母校を基調としてその学生時代の思い出につながる集団である。従って,同窓会はその基調たる母校に対する惜しみなき愛情と献身である』として同窓会一員としての意義を説いておられる。・・・・・・  他方,同窓会の会としての在り方についても,1970年11月号に森戸先生の考えが示唆されているようである。“同窓会の事業として格安な海外旅行を” の投稿文の中で下記のようなご提案がある。
『大学生活で特に学園紛争が問題になっている。・・・・・・中略・・・・・・思うに同窓会なるものの事業としてだが,すべての卒業生ひいては,九州から北海道に存在している者まで,すべて平等に利益に預かれるようなものが望ましい。以下略』  これらの2文から推測するに「同窓会に参加するものとしては,純粋に若き日の情熱を取り戻し,精神性を高揚させこれから生きる糧とし,同窓会運営に当たっては,学生及び同窓生に広く平等に利益することを理念とすべきである。」と掲示されている。